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走ることについて語るときに僕の語ること [日本の現代文学]

 「走ることについて語るときに僕の語ること」 村上春樹 (文春文庫)


 熱心な市民ランナーでもある著者が、走ることについて存分に語ったエッセイです。
 走ることについて語りながら、小説家としての自分を語る個人史にもなっています。


走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/06/10
  • メディア: ペーパーバック



 「走ることは、僕がこれまでの人生の中で後天的に身につけることになった数々の
 習慣の中では、おそらくもっとも有益であり、大事な意味を持つものであった。」

 そう語る村上春樹は、1週間に60キロを走り、年に一度フルマラソンを走ります。
 走り始めたのは1982年で33のとき。小説家として本格的に活動し始めた時期です。

 だから、著者にとって走ることと小説を書くことは、密接な関係があります。
 走ることを語りながら、書くことについても語っていて、そこが実に興味深い。

 特に第2章「人はどのように走る小説家になるのか」は、面白かったです。
 小説を書いたきっかけや、小説家としての苦労なども書かれています。

 「鑿(のみ)を手にこつこつと岩盤を割り、穴を深くうがっていかないと、
 創作の水源にたどり着くことができない。」(P69)と村上春樹は言います。

 鑿で岩を割り続けることと、ひたすら走り続けることは、ある意味で似ています。
 彼が勤勉でストイックで、根気強く努力している作家だということが分かります。

 古代ギリシャロード、ウルトラマラソン、トライアスロンについても書いてます。
 が、印象に残っているのは、日ごろ感じていることをそのままつづった部分です。

 「与えられた個々人の限界の中で、少しでも有効に自分を燃焼させていくこと、それが
 ランニングというものの本質だし、それはまた生きることのメタファーでもあるのだ。」

 なるほど、走ることを説明するとき、こういう言葉で説明すればいいのか・・・
 村上春樹の言葉選びのセンス、文章のうまさが、とてもよく表れています。

 この本を読んでいるうちに、走り出したくなってきました。
 そんなふうに、ランナーの心を心地よく刺激し、やる気にさせてくれる本です。

 さいごに。(娘のTV録画は・・・)

 娘は、年末・年始に多くの特番を録画し、土日に少しずつ見ています。
 「パパも一緒に見よう。おもしろいよ。」と言われて、一緒に見てみると・・・

 ものまねやコントはまだいい。でもドッキリは! いったい何が面白いのか?
 バカバカしいイタズラに怒っていると、「あっちに行って」と言われてしまった。

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